善徳と不徳

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昨日、茶道のお稽古で伺ったお話です。

 

『善徳を積んだ者には善徳が戻り 不徳を積んだ者には不徳が戻る』

 

 

私の茶道の師匠は僧侶なので、このような教えを度々いただきます。

 

 

 

誰が見ていなくても

 

善い行いをさせて頂けば

 

神様は見ていて下さり

 

やがて自分にも善い事が返ってくる。

 

 

誰が見ていなくても

 

悪い行いをすると

 

それも神様は見えており

 

同じような事が自分にもめぐってくる

 

・・・ということです。

 

 

これは、宗教も何も関係なく

 

当たり前のことなのだろうと思います。

 

 

「神様は誰に対しても平等なはず」

 

・・・と、幼少の頃から思っていました。

 

善徳や不徳という意識は全くありませんでしたが。

 

 

善徳を積んでいる時も

 

不徳を積んでいる時も

 

自分の潜在的な意識でそれを知っているはずだと思います。

 

 

周りの環境や起こる出来事に無意識に影響され、

 

自分自身の心を認識できない

 

または、見ないようにしているのではないでしょうか。

 

 

自分の心がどちらへ向いているのかを

 

見極めるのは、難しいことです。

 

見極めたくない心も存在しますから。

 

 

 

”うん? なにか違う?”

 

という小さな違和感を察知しながら

 

直感なのか、思い込みなのかも勘違いしないように。

 

 

 

いずれにしても

 

心はどこに向いているのか

 

どこにあるのかを、

 

見れるようにするのは簡単ではありませんね。

 

 

自分の心(魂と言ってもいい)に常に問うことでしょうか。

 

 

大切なことはいつもそう自分自身に問いてみていますが

 

昨日の話を伺い、また問いて聞いてみてしまったのでした。

 

 

 

 

 

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